「エンジンがかからない!」といって入庫してきた長期不動車、CM125T。
「アイドリングが安定しない」というブログで取り上げるにはちょうどいい(?)気難しいバイクでしたので、プロのメカニックがトラブルシューティングする様子をレポートします。
「こうすれば絶対、直る」とは言いませんが、参考になればさいわいです。
協力いただいたショップ
エンジンオーバーホール専門店 有限会社ガレージ湘南
旧車・絶版車のエンジンオーバーホールとレストアをメインとする神奈川県藤沢市のショップ。オーバーホールしたエンジンは1,080基以上。全国から依頼の問合せが絶えず、常時、予約待ちのお客さんが行列をなしている。
キャブレターの前に大事なこと
シリンダーにきちんと圧縮があることが前提になります。
不調の原因が圧縮不良の場合、キャブレターをいじっても根本的な解決にはなりません。ご注意ください。
圧縮は以下のような計測器で調べます。
エンジンの圧縮を確認した上で、キャブレターに着手してください。
車両の状態
CM125Tは1978年生まれ。フレームやエンジンはCD125Tと共通のようです。
HONDA CM125T
・6ヶ月以上エンジンをかけていない不動車
・走行距離はメーターで6,000kmほど
・エンジンなどはノーマル
今回の整備内容
・キャブレター分解清掃
・ポイント式点火装置の交換
・キャブの同調
キャブレターの分解整備でやってはいけない事
よくあることですが、
液状ガスケット(キャブレター用ではないもの)をキャブに使うのはやめたほうがいいです。
剥がすときに面倒なのもありますが、液状ガスケット自体がトラブルの引き金になるケースが少なくないからです。
CMのキャブもフロートや、ジェット類に粉状になった液状ガスケットが付着してました。
劣化して、収縮した純正ガスケット(黒)を縁取るように塗られていた液状ガスケット。硬化した白い粉があちこちにまとわりついていました。
液状ガスケットが固まると粉状になって、ジェット類が詰まる原因になります。
どうしても液体ガスケットを使用する場合、耐ガソリン用のものを使いましょう。
あと、
長期間乗っていないバイクがアイドリング不良の場合、スロージェット(パイロットジェット)が詰まっているケースがよくあります。
せっかくキャブを開けたなら、ジェット類を外して清掃しましょう。キャブクリーナーなどで洗浄しただけだと、小さな穴が詰まったままになる事が多いです。
(この手間を惜しんで二度手間になる事が多い!)
こうした工具を使えば、穴を痛めることなく開通させることができます。
プロが愛用するヤマハ キャブクリーナー
ヤマハ製のキャブクリーナーはかなり強力なため、海外製の粗悪なキャブレターに長く浸けていると、穴が空いたり、ゴム製部品を傷めるので、注意が必要です。
なお、フューエルホースにフィルターを装着している場合、泡タイプのキャブクリーナーをガソリンタンクに入れると、フィルターが詰まることがあるのでご注意を。
基本的な整備を終えてエンジンを始動します。
【症状】
エンジンはかかるようになったが、チョークを引いた状態でなければアイドリングせずストールする。エンジンが暖まった状態でも同じ。
新品プラグに交換して確認すると白い。つまり混合気が薄いという事です。
よくある失敗事例
「キャブレターを自分でオーバーホールしたけど調子が良くなりません」というバイクをよく見ると、単にキャブクリーナーを吹き付けただけ、という事があります。
これでは、オーバーホールといえません。ジェット類などを取り外して洗浄しましょう。組み付け時のミスもよくあります。
よっぽど自信がある人以外は、キャブレターの分解整備はプロに頼んだほうが無難です。完全に壊してしまうと、部品が手に入らないこともありますからね。
「壊した後で持ってこられても、どうしようもない・・・」(バイクショップ)
トラブルシューティング
順番に確認していきます。
今回の車両は素性がはっきりしているため割愛していますが、エンジンに圧縮があることを確認した前提で、話を進めます。
1,後付けのガソリンフィルター
向きが逆に取り付けられていました。オーナーさんが自分で付けたのでしょうか、よくあるミスです。
今回のケースには当てはまりませんが、ガソリンの劣化や、ガソリンタンク内の錆(タンク内のフィルターが詰まったり、フューエルコックが詰まる)も要チェックポイントです。
きちんとキャブレターに、ガソリンが流れていることを確認してください。
2,点火時期を調整する
点火時期が早いと薄くなります。
タイミングライトを使って点火時期を調整しました。
3,プラグの火花を確認する
問題なしでした。
もし火花が良好でなければ、プラグ寿命、バッテリーの劣化、プラグキャップやプラグコード、イグニッションなど点火装置の劣化を疑います。
10年〜20年以上経過しているバイクは点火系による不具合がとても多いです。
たとえばプラグなどは、ほとんど使用していなくても、古くなると(見た目は全く大丈夫そうに見えるのに)、きちんと点火しないという事があります。
「さんざん、あちこち調べたら結局、プラグだった」旧車あるあるです。
車種によっては純正部品が廃番になっているため、ウオタニSPに交換して改善が見られることがよくあります。(あくまでイグニッションが不具合の原因だった場合)
4,スロージェットを濃くする
スロージェットの番手を少し上げて濃くしました。
5,エアクリーナーエレメントの確認
薄いので目詰まりしている可能性は低いですが念のため、確認しました。
エレメントは交換されているらしく、まだ新しいようでした。
経年劣化したエアクリーナーエレメントのスポンジは、ボロボロになって、キャブレター内部に詰まることがある。手で触って崩れてしまうようなら、エンジンをかける前に交換しておくこと。
6,タペット調整
「やけに静かすぎないか?」
という事でタペット調整(バルブクリアランス)も確認。再調整をおこないました。
タペット調整はエンジンが冷えている時におこなう。
CB125T
7,パイロットスクリューの調整
パイロットスクリューと、アイドルアジャストを調整しながら、アイドリングが落ち着くポイントを探ります。
CM125Tにはタコメーターはありませんが推定1400rpmぐらいでしょうか。
日向社長みずからテスト走行。
結果、これまでのアイドリング不良がウソのように無くなって、安定するようになりました。
不具合の原因は一つとは限りません。
むしろ、複数の要因が重なり合って、絶妙なタイミングで不具合に発展する事のほうが多かったりします。
可能性の高いものから順番に潰していく。
最後はこうした地道な作業が実を結びます。
撮影協力
トラブルシューティングまとめ
- 燃料が腐っていないかどうか
- ガソリンコック、ホースの詰まり
- キャブレターの分解清掃(とくにスロージェットは詰まりやすい)
- プラグの火花を確認する(火花が弱いと濃くなる)
- キャブレターの同調を確認する
- エアクリーナの詰まり、二次エア(エア漏れ)の確認
- キャブレターのパイロットスクリューの調整
- 点火時期の点検
- バルブクリアランスの調整(タペット調整)
基本的な考え方
プラグの焼けが濃い=点火系統を疑う
プラグ、プラグコード、プラグキャップ、イグニッションコイルなど
プラグの焼けが薄い=キャブレターを疑う
スロージェット(パイロットジェット)、メインジェットの詰まり、フューエルラインの詰まり
例外
濃くなる
エアクリーナーの詰まり、過走行によるジェットニードル、ホルダー、プランジャーの摩耗
薄くなる
エアクリーナーとキャブレターの継ぎ目、あるいはキャブレターとエンジン側の継ぎ目のゴム部品にヒビが入ってエア漏れしている
※車種によっては社外部品もありますが、ゴムの質が悪いのか、割れる(裂ける)インシュレーターもあります。
上記のいずれにも該当しない場合、ピックアップコイル、ステーターコイル、CDI(イグナイター)などを疑います。
ちなみに見た目が大丈夫そうなプラグを交換して調子が良くなった例もあるので、1つずつ地道にチェックするしかありません。
よくある事例
「バイクショップでキャブレターのOHや、調整をやってもらったけど、調子が良くならない」
というケースが増えています。
キャブレターなどをいじっても調子が良くならない場合、原因の多くはエンジンの圧縮不良。つまり、エンジンが原因です。
どうやら、ふだんエンジンのオーバーホールを手がけていないショップは、初めに圧縮がきちんとあるかどうか、確かめないまま、キャブレターに手をつけてしまう傾向があるようです。
バイクショップに依頼する場合、お店の人に言われた事をそのまま鵜呑みにするのではなく、「どういう理由(判断)で、その結論に至ったのか」をきちんと説明してもらいましょう。
「これこれ、こういう理由でキャブレターが原因の可能性が高いです。だからキャブレターのOHをすれば直ると思います」
だったら、まだ話はわかります。
ところが、お客さんに対してこれといった説明もなく、「ここじゃなかったから、あっちだ」「違うな、こっちかもしれない」と言って、その度に工賃を取っているショップがあるようです。
けっこう、この手の話はよく耳にします。
バイクショップも人も、玉石混淆です。
たとえバイクに詳しくなくても、丸投げせず、自分で質問してみましょう。何事も自分からです。
お店の人に言われた内容を自分が理解できるかどうか以上に、お店の人がきちんと説明をしてくれるかどうか、そこがお店選びの重要なポイントだと思います。
といっても、
「俺はお客様だぞ!」といった態度は嫌われるだけでメリットがないので、やめましょう。
マニュアルどおりで調子が良くならない理由
ここからは、コアな読者向けです。
インターネットの恩恵?で、自分でキャブレターをいじって壊したり、かえって調子が悪くなったり、不動になるケースが年々、増えています。
「練習用バイクだから壊れてもぜんぜん平気です」
というなら話は別ですが、大切なバイクであれば、キャブは下手に自分で触らず、最初からプロに任せたほうが無駄なお金、労力や時間を費やさずにすみます。
これが実際、その手の修理を5年ほど、目の当たりにしてきた筆者の結論です。
(なのでこの記事自体、削除しようかと考えました)
そこで最後に、プロとアマチュアの根本的な認識の差をお伝えしておきます。それでも自分でやるか、「だったらプロに任せよう」と思うか、あなた自身で判断してください。
「正しい」という誤解
実際の修理依頼、つまり素人による失敗事例を数多く見ていると、
「サービスマニュアルが正しい」という誤解があります。
もちろん、バイクを生産したメーカーが発行しているものですから、そう思うのは当然です。
(筆者も当初、そう思っていました)
ところが、マニュアルはあくまで「新車」時(もしくは新車から1年程度)を前提としてつくられています。
走行距離を重ねたり、20年後、30年後のバイクの状態を想定して、書かれているわけではないんですね。
さらに、サービスマニュアルの記載が間違っていることはめずらしくない上に、なかにはプロじゃないと気づかない記載ミスもあったりします。
ですので「サービスマニュアルは正しいはずだ」という前提でキャブレターを調整すると、多くのケースで燃調が合わないわけです。
そこで、インターネットで検索したり、SNSで聞いたりするわけですが、ここにも大きな落とし穴があります。
書かれていないことが重要
だれでも、簡単に情報を発信・手に入れられるのがインターネット、YouTubeやSNSです。
いっぽうで情報の信憑性、信用できる情報かどうかは、自分で判断しなければなりません。有名人や、有名ユーチューバー、バイクメディアが発信している情報だから正しい、とは限らないです。
今や、インプレッション(再生回数、閲覧回数)稼ぎや、注目を集めるために、センセーショナルな表現を使って、不確かな情報を発信している人があふれかえっています。
エンターテイメントとして楽しむ分にはいいと思いますが、話を真に受けて、盲信するのは危険だと思います。
もうひとつ、ネット情報は、全てが書かれているわけじゃないし、全てが語られているわけじゃないんですね。
かなり端折られていたり、ショートカットされていることがほとんど。
逆にいうと、情報が整理整頓されていて、一元的に網羅されていることは(筆者が見ている限り)ほぼ、皆無に等しいです。
で、本当に重要な事って、端折られている部分にあったりするんですね。
サービスマニュアルであれば、マニュアルに書かれていないこと、たとえば
「マニュアルの数値に合わせるのではなく、実車を見て、目的や個別の状態に合わせてセッティングする」
「気筒ごとに、求める空気とガソリンをエンジンに送ってやる」(全気筒を同じにしなくていい)
byキャブレターの神と言われたHRC フレディ・スペンサーの担当者
が重要だったりするわけです。
だからキャブレターセッティングに必要な情報を、完全に網羅しようと思ったら、辞書みたいなボリュームになります。動画だと、何十時間、何百時間かもしれない。
それだと全部、見るのに、国家資格を取るぐらいの勉強が必要かもしれませんね。
だからそのうちの、1パーセント、2パーセントぐらいの部分的な情報が、雑誌やメディアに書かれていたり、YouTubeや、SNSなどで発信されているわけです。
知れば知るほど、私たちが触れている情報って、ほんとうにごく一部に過ぎないと感じます。
単に走るレベル、動くレベルでいいなら、素人にもできるかもしれませんが、スムーズで、壊れないように走るためのキャブセッティングはそう簡単じゃないって事です。
(シャーシダイナモが必要ですが、あれば誰でもセッティングできるほど単純じゃないです)
たとえるなら
「包丁の持ち方」を動画を見て、「わかった! もう俺は包丁マスター。プロの料理人だ」と思うようなものです。プロの料理人からすれば、「そんなに料理の道は甘くない!」って思うはずです。
キャブレターに限ったことではありませんが、的確にやろうと思ったら、そう簡単にはいかないです。
壊れてもいいバイクでやるぐらいに留めたほうがいいと思います。
大切なバイクでやるにはリスクが大きすぎるからです。
キャブ調整はだれでもできる。
ただし、目的に合わせたチューニング(調律)は相応の知識と経験が必要。