フロントフォークの油面・粘度セッティングや、リアサスペンションの基本を踏まえた上で、前後サスペンションセッティングのマインドセットをわかりやすく解説します。
完ぺき主義をやめる
何事でもそうですが、あまり完ぺきを求めすぎないようにしましょう。
たとえばの話、
「低速、中速、高速すべてのコーナーで、路面にどんなに大きなギャップがある場所を走っても、全部おなじように気持ちよく乗れるようにしたい!」
と思っても、無理があります。
メリットとデメリットは、常に表裏一体だからです。メリットだけ、デメリットだけは存在しません。
相反するものを、いかにバランスをとるか。
矛盾をいかに妥協するか、どう着地させるかが、セッティングです。
優先順位を決める
たとえば、ふだんバイクで走るシーンの割合が「市街地走行95%以上:峠5%以下」だとします。
一般的には「95%を優先して、市街地走行でスムーズに走れるようにしたい」と考えます。
峠を犠牲にするとはいかないまでも、そこまで重要視しないでしょう。ただし、これはライダーや、バイクによって異なります。
筆者の場合、たとえ5%以下であっても峠道で最大限、楽しめるようにしたいので、95%が多少、犠牲になっても構わないと考えます。
(もちろん限度はありますが)
つまり自分が一番、気持ちよく走りたい場所に合わせて、ブレーキやキャブレター、サスペンションをセッティングするわけです。
サスペンションに話を戻すと、あまり路面の大きなギャップにこだわらなくていいと考えます。
公道の場合、そもそも無用なギャップは避けたほうがいいからです。
万一、フルブレーキング時に大きなギャップを通過した際、危険な挙動がないレベルで良しとします。
あえて、大きなギャップで100点満点を目指す必要性はないと思います。
割合的に0.1%、あるいは0.001%以下に満たない大きなギャップをどうにかしようと、躍起になってもあまり大きな恩恵が得られないからです。
むしろ、ほかの状況で乗りにくくなってしまいます。
サーキットとはちがうので、公道でやむなく大きなギャップを通過する場合、ブレーキをかけて、スピードを落とせばいい。自分の走り方、意識を変えればカバーできることはたくさんあります。
バイクとライダーの関係性
ビギナーほど、バイクの操作性、機能に頼らざるを得なくなる。
運転に慣れていない初心者の場合、自分のライディングを変えるだけの余裕も技量もないからだ。
上級者になるほど、ライディングの引き出しが増える(ライダーの補正能力が高い)ので、バイクに合わせて乗り方、走り方を変えることができる。
これは公道でもサーキットでも同じ。
ちなみにMotoGP 元ホンダワークスのサスペンションエンジニアの方いわく「MotoGPライダーは天才集団なので、サスセッティグに細かいこだわりがない。なんでも乗りこなしてしまう」とか。
もちろん、もともとのサスセッティング、マシンづくりが高い水準にあるという事もいえるが、興味深い話だ。
コーナーで曲がれない原因
バイク側の問題ではなく、ライダー側(ライディング)に曲がれない原因がある場合の話。
視線、走行ライン、ブレーキング技術、アクセル操作、姿勢・・・スムーズにコーナーを旋回するためには、いくつか大事な要素があります。
そのうち公道ライダーがあまり知らない1つを例にあげます。
ブレーキレバーを完全に離した状態でコーナーリングしようとする
コーナーに進入する際、
「ブレーキングはカーブ手前で終えろ。バイクを倒し込むときはブレーキレバーを離せ」
筆者の記憶が確かなら、教習所ではこのように指導していると思います。
つまり、ブレーキレバーを引いて減速する→レバーを完全に離す→バイクを倒し込む、という流れですね。
ところが、ブレーキレバーを完全に離すと、沈んだフロントフォークが伸びきってしまいます。フロントフォークが伸びた状態だと、バイクは倒し込みにくくなります。
これが自分の思うようにバイクが曲がってくれない原因ということもあるわけです。
逆に
ブレーキレバーを引いて減速する→レバーを軽く引いたままにする→バイクを倒し込む
だと、おどろくほどバイクは曲がってくれます。
ブレーキング後、ブレーキレバーを引いたままにすると、フロントフォークが少し沈んだ状態になります。
すると、フロントタイヤが路面におさえつけられます。フロントタイヤがグリップした状態ですね。
いっぽう、ブレーキング後、ブレーキレバーを完全に離すと、沈んでいたフロントフォークが伸びきってしまい、フロントタイヤのグリップを失います。
完全にゼロ、というわけではありませんが、ブレーキをかけた状態と比較すると、グリップ力は低くなります。
「ブレーキレバーを握りっぱなしで曲がると、危ないのでは?」
もちろん、力いっぱいブレーキレバーを握った状態でバイクを倒し込む(バンクさせる)と、いわゆる「握りごけ」になって、フロントから転んでしまいます。
ですので、ブレーキング(減速)時はいままでどおりにして、減速を終えたらレバーを引く力を弱くします。
(コーナーや、ご使用のバイク、速度、路面状況、ライダーによって力加減は変わります)
ポイントは、「沈んでるフロントフォークが完全に伸びきらない程度にブレーキレバーを引く」イメージです。
ヤマハの元開発ライダー 本間 利彦氏が、自身のYouTubeでくわしく解説されています。
基本はサーキット走行者向けの動画ですが、考え方は公道でも同じです。
「握る」と「引く」のちがい
筆者がブレーキレバーを「引く」と表現しているのは、「握る」という表現だと、力いっぱい握るイメージを持つ人が多いから。
実際は、ブレーキレバーは繊細な力加減で「引く」ものだし、筆者もそういうイメージで操作している。スロットル操作も0.1mm単位で操作するイメージ。
「ブレーキレバーを完全に離すタイミングは?」
サーキットの場合、クリッピングポイント(バイクが一番、寝ている状態)でブレーキレバーを離して旋回、スロットルを開けて加速します。
《モータースポーツ》クリッピング・ポイント◆コーナーを早く通過する際、競技者がコースの最も内側に近づく(目標となる)ポイント。
https://eow.alc.co.jp/
しかし、対向車のいる公道では、話がちがってきます。
公道で安全にコーナーリングするには?
巷の「ライディングレッスン」で教える内容が危険な理由
公道の場合、サーキットとちがって、不測の事態に備えることが最優先です。
公道に「最速」なんてありません。
なので、クリッピングポイント=バイクの向きを変えるポイントとイメージしておけばいいと思います。
筆者がコーナーリングする場合、コーナーの出口で駐車している車、Uターンする車、歩行者、落下物など、なにかしら起きることを想定して、走っています。
とくに、センターラインをはみ出してくる車(あるいはセンターラインのど真ん中を走る車)は、公道ではごく当たり前にいるので、下図の場合、イン側を走行します。
コーナーではアウト側(センターライン)に寄らないラインで旋回するわけです。
右コーナーを走行する場合
逆側を走るときも、さきほどと同じ要領です。
右コーナーの入り口でブレーキングして、軽くブレーキレバーを引き、フロントフォークを沈めた状態でコーナーに侵入します。この時、必要以上に車体を傾けないでクリッピングポイントに進みます。
めいっぱい車体を傾けると、緊急回避できないからです。
公道だと、旋回中はもちろん、コーナーの出口にも危険がありますからね。
(車体の向きを変えるという意味での)クリッピングポイントあたりでコーナー出口の安全を確認してから、ブレーキレバーを離し、スロットルを開けて加速します。
サーキット走行の例とは、まるで異なる走行ラインになります。
ほかにも、
バイクメディアでよくある「ライディングレッスン」で教えている事と、筆者がお伝えしている内容はちがっていると思います。
個人的には「ライディングレッスン」で教えている内容、とくに走行ラインをそのまま鵜呑みにすると危険だと感じています。
ワインディングを華麗に走るライディングのほとんどが、対向車がセンターラインを越えることを考慮していないからです。
(過去、メディアの撮影中、死亡事故が起きた例もあります)
繰り返しになりますが、公道はセンターラインをはみ出してくる車はもちろん、はみ出すレベルではなく、完全にセンターラインの真ん中を走る車がいます。
自分がどれだけ上手く運転しても、相手が運転に不慣れだったり、ルールを守らない相手(周囲の車両や歩行者)もいます。
それが公道であり、峠道の現実です。
本記事でお伝えしたのは、それらを踏まえた上での走行ライン、走り方になります。筆者は数え切れないほど、これで事故を回避してきました。
(多い時で1日3回。いずれも対向車は自動車)
それでは、もう一度、流れを整理しておきましょう。
まとめ
1,コーナー手前でブレーキレバーを引いて減速する
2,レバーを軽く引いたまま(フロントフォークを少し沈めた状態)にする
3,バイクを倒し込む
初心者や車種によっては「ブレーキレバーを完全に離すと同時に倒し込む」というやり方でもいいと思います。
4,スロットルをパーシャル(加速も減速もしない状態)にする
5,クリッピングポイントでブレーキレバーを離し、スロットルを開けて加速する
本格的にパーシャルをマスターするには練習が必要なので、公道ではあまり無理にやらなくていいと思います。「スロットルを完全に閉じて曲がろうとしない」「加速しない程度にスロットルを開ける」と覚えておきましょう。
自分はどこまでができていて、どこができないのか?
それさえ知れば、解決方法はいくらでも見つかります。
もし「ブレーキをかけるのが怖い」というのであれば、ブレーキングの練習から始める。
今回はブレーキ操作と走行ラインにフォーカスしてお伝えしましたが、目線(顔の向き)も大事ですし、バイクを倒し込む際の姿勢や、ステップワーク、(人によっては)ハンドル操作する方法もあります。
ムーズにコーナーを旋回するには、いろいろ、やる事があるわけです。
(こまかく言うと、ライディングうんぬんの前に精神面や、フィジカルなアプローチも大事です)
ただ、いっぺんに全部はマスターできませんから、1つずつマスターする。
1つずつ正しいアプローチで練習すれば、公道を安全かつ、スムーズに走れるぐらいには誰でもなれると思います。
通勤や通学など、日常でバイクに乗る時、意識して運転すれば練習のチャンスはいくらでもありますからね。
最短でバイクをうまく操れるようになるには?
自分のスキルや目的に合ったライディングスクールに参加するのも一つの手だと思います。
もし、筆者が初心者で、いまから最短で上達を目指すのであれば、初心者向けのフラットトラック(ダートトラック)のスクールに行きます。くわしくは後述。
人間か バイクか?
ライディング技術の向上 × バイク側のセッティング
両方をセットでとらえると、相乗効果で走りやすくなると思います。
筆者が(きちんと整備されていて、ヘンな改造をされていない)バイクに乗って、思うように走れない場合、「自分の乗り方が間違っている」と考えるようにしています。
いっぽうで、あきらかにポジションや、セッティングが自分に合ってない場合、素直に調整した方が乗りやすくなります。
例:外車で、サスがヨーロッパの人向けのセッティングになっている(硬すぎる)
→無理して乗りこなそうとするより、調整したほうが早い。
前後サスペンションのバランス
サーキット走行の場合、タイムという明確な指標があります。
端的にいえば、乗り心地が良い、悪いに関係なく、タイムが縮めば正解。走行フィーリングが良くても、タイムが遅ければ、そのアプローチは適切ではなかったという事になります。
ところが公道の場合、タイムのように、だれから観ても明確な指標はありません。
良いか、悪いか、自分で判断することになります。
公道はサーキット以上にさまざまなシチュエーションを走りますし、ライダーのライディング技術もバラバラ。免許取り立ての初心者もいれば、中級者・上級者もいます。
だからメーカー出荷時の状態は、基本的にどんな時でも万人が(たとえば)70点以上で走れるようなサスペンションセッティングにします。
公道の場合、乗り心地も重要な要素になってきます。
腰が痛くならないとか、疲れにくい、とかですね。
ただ、乗り心地を追求したサスペンションは、公道を走るぶんには良くても、サーキットでペースを上げていくと支障が出てくる(柔らかすぎる)ことがあります。
なのでフロントフォークや、リアサスペンションを交換したり、こまかく調整するわけです。
ちなみに公道・サーキットを問わず、サスペンションのバランスは、前後ともおなじストローク量(50:50)にします。
(さきほどのLEOみたいにフロントだけを極端に硬くする、ということは通常やりません)
具体的にはフルストロークした状態を100%とした場合、サーキット走行なら前後とも90%から95%ぐらい(公道は80%ぐらい)まで沈むようにします。
ストローク量、伸び縮みする速度が、フロントフォーク・リアサス同じくらいが理想です。
リアサスペンションのダンパーのストローク量は、バンプラバー(下の黒い部品)に届かない8割程度まで沈むようにセットされています。
その沈む位置(ストローク位置)を調整するのがイニシャル調整です。
フロントも同じ要領でストローク量を調整します。
ただフロントはリアほど、シビアにしなくても走れると思います。
公道で300km/h、200km/hからフルブレーキングする(できる)人ってほぼいないし、コーナーリング速度も(サーキットと比較して)そんなに出せないですからね。
もし、「俺は公道でも200km/hでコーナーリングするぜ!」という人がいたら、たぶん早死にすると思います。
感覚的な速さと実際の速さはちがう
世界GPライダーが走行して、「あんまり速くないな」と感じても、タイムは速くなっていた、という事が実際にあったりします。
タイムという指標があるぶん、サーキットは感覚と実際のズレを認識しやすいといえます。
ところが公道だと、ライダー(自分)の感覚で判断することになります。
自分が感じた感覚をどう解釈するか? どう結論づけるかで、方向性がズレたりします。より的確な結論を導き出せるのがプロと、アマチュアの違いだと実感しています。
これはサスペンションに限らず、エンジン、キャブセッティング、タイヤも同じです。
なので筆者も自分の感じたフィーリングや、導き出した考えをプロにぶつけて、フィードバックしてもらってます。
そうすることで、まちがった解釈をしていたり、思い違いをしていたら気づけますからね。
(どの分野でも言えることですが、独学だと30年、40年、間違っていることに全く気づかないこともよくあります)
日々、勉強です。
1Gって意味あるの?
サスペンションセッティングによく出てくる1G(ワンジー)という考え方があります。
イニシャル調整(プリロード調整)をする際の具体的な手順を示した概念です。
サスペンションのストローク位置が大事なのは議論の余地はありませんが、この1Gという調整方法について筆者が知った時、疑問に思いました。
「バイクが止まっている状態で調整して、意味あるの?」
有限会社ガレージ湘南代表 日向社長に質問してみたり、自分でも調べてみました。
結論として、レースをやっている人は1Gでサスセッティングをおこなわない傾向にあるようです。
理由は「実際にバイクで走った時のストローク位置が重要なのであって、止まってる時に調整しても意味ない」「静止状態で合わせても、実際に走ってみたら合ってないことがある」からだそうです。
同じ理由でヨシムラでも、1Gによるサス調整はおこなっていないようです。
調べたところ、いつ、だれが、どんな目的で1Gを言いだしたのか、明らかではありません。なんとなく、慣習的におこなわれている印象です。
まったく無駄とはいいませんが、「1Gで合わせたからサスセッティング完了」と考えるのは早計でしょう。
ちなみに筆者はストロークセンサー(タイラップ)を使って、イニシャルを調整しています。
もっとも深くストロークした際、どこまで沈んでいるかが分かります。(写真は底付きしている状態)
サーキットで速く走るサスセッティング
サスペンションのおさらいです。
もっとも重要で効果が高いアプローチは、クリッピングポイントの速度を上げること。
物理的に解説すると、
クリッピングポイントの速度が速い→必然的にコーナー立ち上がりの速度が速くなる→ストレートでのスピードも速くなる→タイムが縮む(結果)
怖いのを我慢してブレーキングポイントを遅らせたり、根性でアクセルを開けても、コンスタントに速いタイムで走る事はできない。むしろ、転倒のリスクが増えるだけ。
あくまで結果から逆算して、目標を設定し、クリアしていく。
練習走行も同じ。
「タイムを縮める」という結果だけにフォーカスすると、(初心者クラスから抜け出した後)タイムが向上せず、迷走したり伸び悩むことになる。
(伸び悩む=プラトー現象といいます)
「クリッピングポイントの速度を上げるには何が必要か?」
ライダーにブレーキング(ジャックナイフができるレベル)や、ライン取りなど、基本的なライディングスキルが備わっている前提でいうと、たとえばマシンセッティング。
その中でサスセッティングでいうと、サーキットごとのタイムを縮めやすいコーナーにフォーカスする。
(すべてのコーナーでライバルより速く走るのは無理)
その上で、前後サスペンションのストローク量が80%から90%ぐらい沈むようにする。
(フロントとリアのバランスは、ストローク量・速度とも同じにする)
タイムに大きく影響するコーナーの、クリッピングポイントの速度が上がれば、おのずとタイムが縮む。
そのためのセッティングであり、ライディング(アクセル、ブレーキング)という考え方。
以上はケニー・ロバーツ氏の理論。
ケニー・ロバーツ(Kenny Roberts)
1951年12月31日生まれ。アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。ロードレース世界選手権500ccクラス(現MotoGPクラス)3年連続チャンピオン(1978年-1980年)。
レース引退後は、ヤマハのチームマネージャー(監督)として後進を育成。レイニーやコシンスキーなど世界チャンピオンを輩出。
息子のケニー・ロバーツ・ジュニアは、2000年 WGP500ccクラスで世界チャンピオンになり、世界初の親子チャンピオンが誕生した。
ウエイン・レイニー(WGP500cc ’90-’92 3年連続チャンピオン)
ジョン・コシンスキー(WGP250cc ’90/スーパーバイク世界選手権 ’97)
ちなみに現在の奥さまは熊本県出身。その縁で「ケニーロード」(グリーンロード南阿蘇)の愛称がつけられた。
ケニー氏の著書は、時代を超えて本質的なことが書かれているので、プロレーサーを目指す人は当然として、よりサーキットを速く走りたい人や、もっとうまくなりたいと考えるライダーにとって、多くを学べると思います。
本のタイトルには「テクニック」とありますが、そのほうが売れるからだと思います。
正確には「考え方」(マインドセット)が正しい。小手先のテクニックではなく、みずからテクニックを生み出す本質的な考え方が書かれています。
コーナーリング速度を上げるための秘密
せっかくなので、少しだけライディングにも触れておきます。
コーナーリング速度を上げるために重要なのが、さきほど登場したパーシャルです。
加速も減速もしない程度に、アクセルを開けた状態ですね。
速く走るためのパーシャルは、コーナーの入り口から出口まで、前後荷重のバランスをとるために行います。
ブレーキング後、パーシャル状態のままコーナーに進入(アクセルオフではない)して、クリッピングポイント(フルバンク時)で前後荷重が50:50になるのが理想です。
パーシャルはコーナーの立ち上がりで、アクセルを開けて加速するための待機状態
この考えだと、コーナーリング速度が上がらないため、タイムが伸び悩みます。
このライディング方法については、前出の元ヤマハ開発ライダー 本間 利彦氏が、自身のYouTubeでくわしく解説されています。ケニーさん流のアプローチを学び、みずから構築したライディング理論です。
ライディング ch HOMMA TOSHIHIKO 「基礎の基礎」
〜ブレーキングやアクセルで速く走れない理由〜
本間氏がヤマハ発動機の開発ライダーとして手がけたチャンピオンマシンYZR250(2000年)
左 オリビエ・ジャック選手(世界GP 250cc 2000年シリーズチャンピオン)/右 中野 真矢選手
ストレートスピードで勝るホンダ勢(加藤 大治郎選手・宇川 徹選手ら)と激しいバトルを繰り広げた。
エディ・ローソンのアクセルコントロール
漫画と現実のちがい
バイク漫画ではよく、コーナーリングを高回転で駆け抜ける描写があります。
エンジンが高回転まで回っている=速い、というイメージですね。
筆者も長年、そう思っていました。ところが、実際には逆だということがわかりました。コーナーで旋回中にアクセルを開けて加速できる=コーナーリング速度が遅いからです。
オンボードカメラの映像をみれば音でわかると思いますが、コーナーリング中、ロードレース世界選手権のライダーで、エンジンが高回転まで回っている人はいません。
パーシャル時間が長い=コーナーリング速度が速い、と言えます。
エディ・ローソン(WGP500cc ’84’ 86′ 88 ’89チャンピオン)の車載カメラ映像
フラットトラックでのトレーニング
速く走る、うまく走るための方法として、紹介します。
フラットラック(ダートトラックとも呼ばれる)は、未舗装のオーバル(だ円)コースを周回する競技です。
本格的にロードレースをやっている人にとって、常識といえるぐらい有名な練習法ですが、じつは、街乗りライダーにとっても有力な練習の場です。
まずは、実際に走っている様子を見てみましょう。
ダート(未舗装路)でありながら、バイクのスライドをうまくコントロールしています。
一般公道を走る場合でも、路面に砂が浮いていたり、鉄板の上を通過したり、濡れた路面を走ることはあります。
そういう時、もし、バイクがスライドしたらどう対処しますか?多くの場合、パニックでとっさに急ブレーキをかけると思います。即、転倒です。
(筆者の友人も納車後、わずか3日ほどで転びました)
長くバイクに乗っていればわかると思いますが、これって、誰にでも起こりうることです。「制限速度を守っているから安全」じゃないのが公道です。
「フラットトラックの利点は、オンロードを走るよりもずっと遅い速度(低リスク)で、マシンをコントロールする術を身につける事ができるし、マシンコントロールを失うまで攻めても転倒しないことだ」
ケニー・ロバーツ
ケニーさんの言葉どおり、自分のバイクがどういう時に、どんな動きをするのか、どのように乗ればいいのか、比較的、安全な速度で体験できるのがフラットトラックのメリットだと思います。
往年のファン以外の方に説明すると、ケニーさんはフラットトラックで培ったライディングスタイルを、世界GP(現MotoGP)に持ち込みました。
イン側に腰を落として、膝を出す「ハングオン」(正確にはハングオフ)スタイルですね。
当時の世界GPは、ヨーロッパ出身のライダーがほとんど。彼らは「ヨーロピアンスタイル」(膝を出さないで曲がる)で乗っていました。
ただ、ヨーロピアンスタイルだと、(フロントタイヤに依存するため)タイヤが消耗したり、ウエットコンディションだと、転倒しやすいという背景がありました。
「ハングオンスタイルのほうが、理にかなっているのでは?」
そう考えたケニーさんは、自身のメカニックであるケル・キャラザースさん(元WGP250チャンピオン)に反対されたり、ほかのライダーから嘲笑されても、自身のスタイルを貫きました。
「2ストローク500ccのマシンは、スタートからおよそ3周から5周くらいでタイヤが滑り出す。その後はずっと、氷の上を走っているようなものです」
ある日本人GPライダーの言葉
結果は、さきほど紹介したとおり、3年連続で世界チャンピオンになりました。
おもしろいですね。
それまで「お前、なんでそんな変な乗り方をしてるんだ」「変な乗り方しているから転ぶんだ」とバカにしていたライバルでさえ、こぞってケニーさんのライディングスタイルを真似し始めたのですから。
「フラットトラックでライディングの基本を身につけた。スライドしたときの対処方法や、スロットルコントロール、ライディングポジションの大切さを学んだ。私のライディングスタイルの起源はそこからきている」
ミック・ドゥーハン
5年連続で世界チャンピオン(1994年〜1998年)に君臨したオーストラリア人ライダー ドゥーハンは、自身の速さの秘密をフラットトラックで身につけた、と語っています。
※オーストラリアのフラットトラックはアメリカと違って、オーバルコースではなく、左右にコーナーがある
同じくオーストラリア人ライダーのギャリー・マッコイも、フラットトラック経験者。
2000年、エキサイティングなスライド走法は多くのGPファンを釘付けにしました。
16.5インチタイヤを好んで使用したため、V・ロッシをはじめ、多くのライバルたちが16.5インチタイヤを使用。ちょっとしたブームのようになりました。
また、ロッシは「旋回中にわざとスライドさせて、マシンの向きを変える」というスタイルを、自身のライディングに取り入れました。
ちなみに
現代の海外レーサー(こどもたち)のトレーニングを見ていると、当たり前のようにフラットトラックや、モトクロスを取り入れています。
もちろん、現役MotoGPライダー然りです。
フラットラックで初めての大型バイクを乗りこなす
まだ、筆者がフラットトラックや、ケニーさんの理論もなにも知らなかった頃の話。
ライディングについて、なにも学んだことがない時の話です。
大型免許取得後、70ccのカブからステップアップし、中古のRZV500Rを購入しました。
いざ乗ってみると、想像とはぜんぜん違ってました。
それまで乗っていたNS-1よりもパワーがあって、重さは教習車のCB400SFとほぼ、同じ。
しかし、実際にはCB750よりも重い!
(いま思うと、リアブレーキが引きずっていた可能性大)
一応、YSPで購入したのですが、切り返しがもっさりしていたり、フロントフォークが沈まなかったり、ブレーキの効きがイマイチだったり・・・
一番、違和感があったのはフロント16インチ/リア18インチという尻上がりなポジション。
コーナーで、フロントタイヤが切り込んでいくようなフィーリングが、どうにも馴染めませんでした。
(現行モデルのNSR250Rにしたほうが良かったかな〜)
と、3秒ほど後悔。
しかし、買った以上は「どうにかして、乗りこなしてやろう」と思い、巧くなるための方法を考えました。
現在のようにインターネットや、YouTubeがなかったので、数冊しか出版されていないライディング本を読んで、練習していました。
ちょうどその頃、ミック・ドゥーハン選手がWGPで圧倒的な強さを誇っていたので、彼のインタビュー記事を全て読んでいました。
1997年戦績:シーズン15戦中12勝、10連勝
筆者の記憶ちがいかもしれませんが、インタビュー記事の中で
「トレーニングではトライアルをやっている」
と書かれていました。
(トライアル? ちょっと調べてみよう・・・)
「これか!」
ハードルが高すぎるので断念。
しかし、注意深く調べていくと、「スロットルワーク」と「スライドコントロール」が、バイクを巧く操る上で鍵になることがわかりました。
すでに社会人で、絶対にバイクを壊せない、怪我できない状況のなか、ダートの空き地を見つけて(忍び込んで)、夜な夜な練習していました。
まぁ、練習といっても、フラットラックと言えるレベルではありませんでしたけどね。
最初はRZV500Rでダート走行にチャレンジしていましたが、途中から仕事用のカブに切り替えました。
(バイクを壊したら帰れなくなるし、怪我したら仕事に穴があく)
絶対に避けられないマンホール地帯で滑った
ある時、雨上がりの市内をRZV500Rで走っていると、ほぼ直角の右コーナーでフロントがスリップしました。
避けられないぐらいの数のマンホールが、びっしり並んでいる暗黒地帯です。
「あ、滑った!」
と思うより早く、反射的に身体が動いていました。
自分でも気がつかないうちに、バイクが滑ったときの対処方法が身についていたんですね。
「たった10kmでもダートを走ったほうが、オンロードよりはるかに学べる事が多い」
実感したものです。
同時に「バイクの教習所で絶対にダート走行を取り入れたほうがいい」とも思いました。
(ずいぶん時間が経ってから、ケニーさんも同じ事を言ってたと知りました)
公道ライダーがフラットトラックをやるメリット
・ブレーキング
・スロットルワーク
・バイクが滑ったときの対処法
・ライディングポジション(姿勢)
・視線(顔の向き)
これらの技術を身につけていると、よっぽど滅茶苦茶な走り方をしない限り、公道で「カーブが怖い」とか、「ブレーキが苦手」ということはなくなると思います。
バイクに対する恐怖が無くなると、周囲の交通状況とか、路面の状態とか、ほかのことに意識を向けられる余裕が出てきます。
同時に「これ以上は危険だな」という一線がわかるので、そもそも無茶な走りをしなくなります。
以上、個人的にフラットトラックはお勧めです。
さいわい、ビギナー向けのフラットトラック ライディングスクールがあるので、興味のある方は参加してみてはいかがでしょうか。
免許を取って間もない女性ライダーも参加されているようです。
もちろん、雪の上は走らなくていいので、安心してください。
フラットトラックのマシン紹介
おまけとして、フラットトラックで使用するバイクを紹介します。
ライディングスクールでは50ccとか、125ccのマシンを使用すると思いますが、レース用マシンは、こんな感じの仕様になっています。
基本的なスタイルとして、フロントブレーキが撤去され、リアブレーキのみを使用します。
(フロントブレーキを付けたままでおこなうレースもあります)
ホイルは19インチが主流。タイヤはオフロードタイヤに見えますが、フラットトラック用のタイヤです。
開催されるレースのレギュレーションによって、ベースとなるバイクはさまざまです。
TX500のように旧車をベースにしたり、最新のオフロードマシン(KTMなど)をベースにしたり、2ストロークをベースにしたマシンもあります。
ここで紹介した以外にも、ヤマハ XS650、MT-07、ハーレーのXR750、ドゥカティのScrambler Flat Track Proなど、海外では多様なバイクがベースマシンとされています。
日本の場合、ホンダFTR223(FTR250)のほか、CB400SS、スズキ グラストラッカーなどをベース車両にするようです。
市販されているフラットトラックマシン
2024年現在、日本車でフラットトラックマシンは販売されていません。
250ccぐらいのエントリー用マシンが発売されたら、おもしろいのですが。
輸入車だと、ファンテック、モンディアル、tmレーシング(レース専用)があります。試乗車や、走行会もあるようなので、チェックしてみてはいかがでしょうか。
参考