WPC処理と、二硫化モリブデンショットなど表面処理、エンジンのフリクションロスについて解説。
表面処理の効果と、その有用性についても検証しています。
エンジンやミッション、フロントフォークなど、金属部品を加工する会社が出展されていたので、WPC処理について話をうかがってきました。


神奈川県相模原市のエヌ・イー有限会社さんです。
WPC加工で検索すると、上位にサイトが出てきますので以前から存在は知ってました。
(過去、CB125TのオイルポンプやプロリンクのカラーにWPC処理してもらったことがあります)
WPC処理とは?
おおまかにいうと、「ショットピーニング」という加工の一種です。
WPC処理は、そのショットピーニングの発展系とされており、株式会社不二WPCの登録商標です。
WPC(Wide Peening and Cleaning=清掃するの意)
WPC処理®とは、金属製品の表面に微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させることで表面が改質する技術です。
https://www.fujiwpc.co.jp/
表面が改質すると高硬度化して表面を強化すると同時に、表面形状が微小ディンプルへ変化するので摩擦摩耗特性を向上させます。
たとえるなら、刀鍛冶がハンマーで刀をたたいて鍛えるように、こまかい粒子を高速で吹き付けることによって、焼き入れ効果による高密度化があるそうです。
高密度化とは、フワフワのおにぎり(米と米のあいだにすき間がある)を、ぎゅっと握る(すき間が小さくなる)イメージですね。

表面処理の種類
表面処理にもいろいろあります。
・WPC®
・二硫化モリブデンショット
・ハイパーモリショット®
・DLC(ダイヤモンド・ライク・コーティング)
・3Dラッピング®
・セラミック
®マークのあるものは登録商標です。
自動車やバイクなどモータースポーツのほか、工業、食品や医療など、さまざまな分野で表面処理技術が用いられています。
ちなみに、CBR1000RR-Rの純正ピストンのスカート部分には、「オーベルコート」というコーティングが施されています。「バイカーズステーションNo.388」によると、テフロンとモリブデンがベースの特殊コーティングのようです。

ピストンスカート部にオーベルコートのコーティング、ピストンピンのクリップ溝にニッケル-リンめっきを施すことで高回転に対応した耐摩耗性を確保し、高回転化の実現に寄与している。
https://www.honda.co.jp/CBR1000RRR/powerunit/
筆者は初めてオーベルコートを知りましたが、調べていると下記の会社がヒットしました。
こちらの会社がCBR1000RR-Rのピストンコーティングを手がけているかどうかまではわかりませんが、表面処理について解説されていますので、興味のある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。
DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)コーティング
CBR1000RR-Rつながりで、DLCも触れておきます。
DLC (Diamond-Like Carbon)コーティングとは、主に炭素と水素で構成される、ナノレベルの薄膜を金属表面にコーティングする技術です。このコーティング層は、非常に薄いにも係わらず硬質な性質を持つため、従来にない低摩耗・高潤滑性をもたらします。
不二WPCでは、DLCコーティングにWPC処理®を組み合わせる技術開発に成功。DLCコーティングとWPC処理®を組み合わせることで密着性を高め、さらにその効果を長期間持続させることができます。https://www.fujiwpc.co.jp/motor-service/dlc.html
高等研究機関でその優れた性質が証明されている現在、数多く存在する表面処理加工において、最高の技術として認知されつつあります。
不二WPCが開発・特許を取得したこの技術は、低摩擦性・高耐久性・高硬度性・耐腐食性などにおいて、最も高い効果を得ることができる、最新の表面処理技術です。

技術的な話は検索してもらうとわかると思いますので、割愛します。
DLCでおさえるべきポイントは、「DLCにもいろいろな種類がある」ということです。
たとえば建築の場合、大きく分けると「木造」と「鉄筋」があります。さらに木造住宅にも「在来工法」や「ツーバイフォー」など、種類があります。
また同じ「在来工法」でも、設計会社によって特色があります。
つまり、DLCは施工する会社(工場)によって特色があり、仕上がりが変わってくるということです。
プラス、処理をおこなう部材の状態によって仕上がりが異なるようです。わかりやすくいうと、新品のカムシャフトと、それなりに使い込まれたカムシャフトでは、もともとの状態がちがいますね。

筆者のCB125T改のカムシャフト。8万キロ以上走っているため、傷があるのがわかるかと思います。この状態でDLC処理を依頼した場合、下記のCBRのように綺麗には仕上がりません。

DLC加工されたCBR1000RR-Rのカムシャフト(新品)。黒い部分が、処理されている箇所です。ちなみに、市販車のカムシャフトにDLCが採用されるのは世界初だとか。
バルブ駆動ロスを低減させる
DLCコーティングを施したカムシャフト。https://www.honda.co.jp/CBR1000RRR/powerunit/
RC213V-Sと同様にDLCコーティングを施したカムシャフト。フィンガーフォロワー式のロッカーアームの採用とあわせ、DLC未処理の物と比べバルブ駆動ロスを約35%削減している。

CBR1000RR-Rのチタン製コンロッド。大端部にDLC処理がほどこされています。
ホンダ公式サイトにあるとおり、市販車にDLCを採用したのはMoto-gpからのフィードバックでしょう。
とはいえDLCも万能ではありませんので、素材や箇所、用途などによって向き不向きがあるようです。
DLCコーティングに適さないもの
導通性のない材質や、カーボンと反応しない材質はコーティングできない。
導電性(どうでんせい)とは?
https://www.weblio.jp/
電流が流れやすい性質。物質などで、電気伝導を生じやすい性質を指す。
例:アルミ(レース車両以外のピストン、メタル等)、鋳鉄部品(シリンダー、カム、ピストンリング(2stやセカンドリング等)、銅(ブッシュ)、焼結部品(オイルポンプ)
※メッキの場合、コーティングできますが、剥がれる場合があります。
参考引用元
https://www.fujiwpc.co.jp/faq/
表面処理は効果あるのか?
ファミリーカーやスポーツ車など、日産やホンダの市販車に表面処理が採用されています。(ほかにもあると思います)
バイクだと、エンジン部品のほか、フロントフォークのインナーチューブにDLCが使われていたりと、レースだけではなく、スポーツモデルに表面処理が採用されていたりします。

基本的にメーカーは、私たちが想像もつかないぐらいあらゆるテストをおこなっていて、データ(数値)をとっています。なので、「なんとなく効果あるかも」みたいな、フィーリングだけで市販車に正式採用しません。
(コストだってかかりますからね)
相当、検証した上で、採用に踏み切るだけの価値があると判断したのだと思います。
表面処理の効果は処理方法や箇所、施工者、使用環境、メンテナンスサイクル、ドライバーなど、さまざまな要因が複雑に絡んでくるので、いちがいに効果について、明確ではない部分があると思います。
それでもメーカー各社が採用している理由を考えると、それなりのメリットがあるからではないでしょうか。
DLCコーティングに適さないもの
アルミ(レース車両以外のピストン、メタル等)、鋳鉄部品(シリンダー、カム、ピストンリング(2stやセカンドリング等)、銅(ブッシュ)、焼結部品(オイルポンプ)
※メッキの場合、コーティングできますが、剥がれる場合があります。
エンジンチューニングの話
少しだけ余談。
ヨシムラエンジンの秘密
1970年代、ヨシムラが当時、「無敵艦隊」と呼ばれたホンダワークスのマシンを破るという事件がありました。
本田宗一郎(ホンダ創業者で当時の社長)の「エンジンを見せてほしい」という依頼を、ポップ吉村氏(現ヨシムラ・ジャパン創業者)は快諾。
ヨシムラのエンジンをRSC(現HRC)が借りて、いろいろと分析・検証をおこなったそうです。なにしろ自分たちがつくって組んだエンジンより、ヨシムラエンジンのほうが、パワーが出ているわけですからね。
ポップ吉村氏が手がけたエンジンは、バルブから何から、エンジンがピカピカに磨き込まれていました。

ポップ吉村氏から直接、エンジンチューニングを教わった方いわく、「自分たちはプライベーターだ。やらずに後悔するより、やれることは全てやったほうがいいだろう」と常々、言っていたそうです。
なにがパワーアップに貢献するのか?
RSCが徹底的に調べたところ、バルブの鏡面研磨は直接、出力向上につながるわけではない(カーボン付着の抑制効果があるといわれている)とか、様々な事がわかったそうです。
たとえば、エンジンチューニングでおなじみ「ポート加工」。
ポート加工されたエンジンを計測した結果、それほど大きく馬力が向上するわけではないことが判明。結果として、市販車への採用は見送られたそうです。
「他にもっと優先すべき事がある」という判断だったのかもしれませんね。
現代では、3Dスキャナーがあったり、コンピュータで解析・計算できる時代ですが、当時はまだエンジンのチューニング方法さえ確立されていない時代でした。
過去ブログに書きましたが、バイクのエンジンチューニングノウハウは、ポップ吉村氏によって広まったと言われています。

余談になりますが、ホンダのN-WGNは、バルブに鏡面研磨加工がされていて、ノッキングへの耐性向上に一役、買っているそうです。むかしとはちがう目的で、研磨加工しているわけですね。
摩擦学によるエンジンのフリクションロス
フリクションとは摩擦のこと。2つ以上の物が合わさって、こすれ合う時に生じるのが摩擦です。
摩擦を学問として研究しているのが「トライボロジー」(tribology)です。トライボロジーは「摩擦学」や「潤滑学」と訳されています。
その歴史は古く、エジプトのピラミッド建造や、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)が居た時代にはすでに摩擦学の概念が存在していたと言われています。
現在も、トライボロジーは多岐にわたって研究され続けていて、自動車やバイクはもちろん、ロケットや建設機械、家具や家電製品など、あらゆるところで活用されています。
活用事例
タイヤ、ブレーキパッド、浴室の床や廊下、階段など(滑り止め)、競泳水着、電気シェーバー、スケートリンク他
トライボロジーの研究によると、燃料エネルギーのうち、走行のために使われるのはおよそ14%といわれています。
つまり、エンジン部分のエネルギーの大部分がロスしているわけです。走行に使われるエネルギー14%のうち、約15%が摩擦によって失われているといわれています。

逆にいえば、摩擦を減らすことによって燃費向上につながるわけです。
とくにエンジンのなかで最も摩擦損失が大きいのが、シリンダー とピストン。摩擦損失は、少なくともエンジン全体の40%を占めると言われています。
さらに40%のうち、ピストンリングとシリンダーの摺動(しゅうどう)部分の摩擦損失は約70%。
シリンダーと、ピストンスカートの摩擦損失は約30%になります。

ようするに、ピストンリングと、シリンダーの摺動が重要になってくるわけです。

4サイクルバイクエンジンのピストン。一般的にピストンリングは3つあります。レースでは、摩擦損失を減らすためにピストンリングを2本にします。
歴史的に、ピストンリング溝の異常摩耗や、凝着(ぎょうちゃく。溶けてくっついてしまう事)をふせいだり、ピストンスカートの摩擦を減らすため、さまざまなアプローチがおこなわれてきました。
ホンダのメッキシリンダー(NSシリンダー)なども、摩擦損失を減らすための技術のひとつですね。
NS(ニッケル/シリコン・カーバイド)メッキによって軽量化と耐焼付性、耐摩耗性において格段の向上をはかりました。
このNSシリンダーはNS500のノウハウをそのまま市販車のNS250F/Rに反映したもので、シリンダーの内壁をニッケル素地にシリコン・カーバイド粒子を分散させた皮膜でコーティング処理しています。これにより、ピストンと同素材のアルミ製一体成型シリンダーを実現。鋳鉄スリーブを持たないので、軽量化はもとより、熱伝導性が良く、放熱効果が向上。さらに、ピストン、シリンダーそれぞれの熱膨張率が同じなので、温度が変化してもピストン、シリンダーのクリアランスが一定に保たれ、安定したパワーが得られます。
https://www.honda.co.jp/factbook/motor/NS250/19840400/003.html
まとめると
1,表面を硬くする
2,金属同士の焼きつき防止
3,摩擦係数を下げる
以上が表面処理の目的といえます。
そうすると、考え方は異なりますが、じつにさまざまな表面処理のアプローチが存在するのは、不思議ではありませんね。なにごとも適材適所、メリットとデメリットがありますから。
部品の生産過程でおこなわれる処理のほか、今回取り上げた表面処理や、エンジンオイル添加剤も、広い意味では表面処理といえるのかもしれません。
(オイル添加剤には1の効果はないと思いますが)

WPC処理の向き・不向き
メリットとデメリットについて、聞いてみました。
WPC処理は、最初にお伝えしたように清掃する、言い換えると裸にするという意味があります。
つまり処理をおこなうと、油分などキレイさっぱり剥がれ落ちます。だから加工後すぐに、防錆の油を付着させる必要があるそうです。
実際、私がWPC加工を依頼して納品された部品にも油が付いてました。
(錆びてしまうので注意するよう、説明書きがありました)
ですから、処理をおこなった部分が、外に露出して、油分が無くなってしまうような部品には、錆びてしまうため、WPC処理は適さないようです。
逆にエンジンやミッション、グリスなど油分がついたままの状態を維持できる部品に適しているようです。
WPC処理のメリット
先ほど解説したとおり、摩擦抵抗による性能ロスを低減できます。
これは見た方が話が早い。
実物を触ってみると、すぐわかります。軽やかにクルクルと回転し続けます。
実際はもっともっと軽やかですが、例えるなら
サビサビのドライブチェーンを新品に交換して、バイクの後輪がよく回るようになった感じです。
WPC処理の耐久性は?
効果もですが、持続性も気になるところですよね。
耐久性については、性質上、高熱が加わる部分は、だんだんと効果が落ちてくるそうです。
たとえばエンジンパーツですね。ただ、具体的に「何キロまで持つ」とまではハッキリわからないそうです。
まぁ、当然ですね。
「エンジンって何㎞で壊れますか? どのくらいまで持ちますか?」
という質問をするのと同じでケース・バイ・ケースだからです。
同じバイクで、同じ地域を走っても、ライダーによって扱い方・乗り方が違うため、まったく同じ状態にならないのが通常です。
複数のいろんな要因が、複雑に積み重なった結果になるからです。
「白・黒ハッキリしてほしい!」
というのが人情ですが、ものごとは時と場合によるので、一律にいえないのは仕方ないと思います。
ヨーロッパ車などは、ユーザーが「慣らし運転」をおこなわないため、慣らし運転に相当する距離だけ表面処理の効果が持てばいい、という考え方もあるようです。
WPC処理の注意点は?
WPC処理にかぎらず、表面処理をおこうなうと、部品の寸法が変わります。
WPC処理:1ミクロン(1/1,000mm)のマイナス交差
表面処理によっては、プラスになるものもあります。ですので、エンジン部品に表面処理をおこなった場合、条件次第でクリアランスがおおきく変わります。
この事を知らずに表面処理をおこなって、エンジンを組むと失敗することがあります。
(念のためにいっておくとWPC処理など表面処理は、レースをやっているバイクショップ以外は知らないと思います)
高熱になる箇所には?
ハイパーモリショットが適しているようです。
ハイパーモリショットとは、「二硫化モリブデンショットにナノ粒子を添加したもの」だそうです。長時間、
高回転・高温で使用する部品に適しているのだとか。
鈴鹿8耐などレースで使われている技術みたいですね。
WPC処理もそうですが、ミッションがスムーズに入るようになるそうです。
まとめ
餅は餅屋。素直に問い合わせるのが確実だと思います。どの表面処理が適切か、向き・不向きを一般の人が判断するのは不可能だからです。
材質や目的、箇所によって向き不向きがあったり、効果の持続性が異なったり、加工する母材の下地処理によって仕上がりが変わってきます。
今回、WPC処理について教えてくださったのはエヌ・イーの村田さんです。
良い面だけじゃなくて、悪い面をちゃんと答えてくださいますからね。この手の情報は、ググっても答えは見つからないと思うので、その道のプロに聞くのが早いと思います。

番外編:表面処理の意外な使い方
純正部品の出ない旧車など、ある程度ならカムシャフト・クランクシャフト・コンロッドなどのメタルを再生することも可能です。
いくつも使用実績があります。
