WPC処理、二硫化モリブデンショット、DLCコーティングなど、エンジンに用いられるさまざまな表面処理の種類と、その有用性についてレポートします。
本記事でわかること
・表面処理の種類と特徴
・表面処理の効果と持続性
・エンジンパワーロスの原因と、効果的なフリクション低減ポイント
・表面処理の向き、不向き
・実際にバイクエンジンへの処理加工をおこなった結果
・学術的な根拠(研究論文や参考サイト)
「純正部品が手に入らない旧車部品を再生したり、少しでも長くエンジンを持たせることを考えた場合、表面処理をどのように活用すればいいか?」
をメインテーマとしています。
表面処理とは?
素材の表面の性質を向上させるためにおこなわれる加工のことです。
例:硬さ、耐摩耗性、潤滑性、耐食性、耐酸化性、耐熱性、断熱性、絶縁性、密着性、美観性など
目的や用途、素材などに応じた数多くの表面処理が存在します。
WPC処理や、二硫化モリブデンショット、DLCコーティングは表面処理の手法の一つです。工業、食品や医療など、いろんな分野で表面処理の技術が用いられています。
もちろん自動車や、バイクなどモータースポーツの分野でも採用されていて、効果も科学的に検証されています。
エンジンに表面処理をおこなうメリット
ひとことで言うと、フリクションを減らす事です。
フリクションとは摩擦のこと。2つ以上の物が合わさって、こすれ合う時に生じるのが摩擦です。
人間も2人以上になると摩擦が発生して、問題が起きますね。それと同じイメージです。
「なぜ、エンジンのフリクションを減らす事がそんなに重要なのか?」
順を追って、お伝えしていきます。
エンジンの40%が失われている
摩擦・潤滑を学問として研究している「トライボロジー」(tribology)があります。
トライボロジーは「摩擦学」や「潤滑学」と訳されています。
その歴史は古く、エジプトのピラミッド建造や、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)がいた時代にはすでに摩擦学の概念が存在していたと言われています。
現在も、トライボロジーは多岐の分野にわたって研究され続けていて、自動車やバイクはもちろん、ロケットや建設機械、家具や家電製品など、あらゆるところで活用されています。
トライボロジーの活用事例
タイヤ、ブレーキパッド、浴室の床や廊下、階段など(滑り止め)、競泳水着、電気シェーバー、スケートリンク他
トライボロジーの研究によると、燃料エネルギーのうち、走行のために使われるのはおよそ14%といわれています。
つまり、エンジンのエネルギーの大部分がロスしているわけです。
さらに走行に使われるエネルギー14%のうち、約15%が摩擦によって失われているといわれています。

つまり摩擦を減らすことによって燃費向上につながるわけです。
とくにエンジンのなかで最も摩擦損失が大きいのが、シリンダー とピストン。摩擦損失は、少なくともエンジン全体の40%を占めると言われています。

さらに40%の内訳を見ると、ピストンリングとシリンダーの摺動(しゅうどう)部分の摩擦損失が約70%、シリンダーと、ピストンスカートの摩擦損失は約30%になります。
ようするに、ピストンリングと、シリンダーの摺動(滑らせて動かすこと)が重要になってくるわけです。

4スト空冷エンジンのピストン。一般的にピストンリングは3つあります。
(レースでは摩擦損失を減らすためにピストンリングを2本にします)
歴史的にピストンリング溝の異常摩耗や、凝着(ぎょうちゃく。溶けてくっついてしまう事)をふせいだり、ピストンスカートの摩擦を減らすため、さまざまなアプローチがおこなわれてきました。
お金とエネルギー
たとえば「収入を増やそう」と考えた場合、新たに収入を増やすより、むだ遣いを減らすほうが簡単です。1ヶ月で1万円のむだ遣いを減らしたら、1万円収入が増えるのと同じです。
1年だと、12万円収入が増える事になります。摩擦損失もこれとよく似ていて、むだを減らすことがいろんな面でプラスになるわけです。
エンジンの焼き付きを防止する4つのポイント
「一体、なにがコンロッド焼き付きに大きく影響するのか?」
ホンダの研究論文によると、4ストエンジンの実験で興味深いことが判明しました。

左側は正常なコンロッドとメタル。右側は焼きついたコンロッド。

1,金属表面の仕上げ(面粗度)
面粗度が小さいほど耐焼き付き性が向上。逆に、面粗度が粗いと焼き付きやすい。
「面粗度」(めんそど)とは、かんたんに言うと、加工された金属表面の粗さです。

画像はあくまでイメージですが、左側ほど表面がこまかく、右へ行くほど表面が粗いです。
のちほどくわしくお伝えしますが、金属の表面はツルツルに見えても、拡大すると凹凸があります。
アプローチとして、
1,部品の製造・加工精度を高める
2,完成した部品に加工をおこなって凹凸を減らす
それが部品の摩耗を抑制したり、焼きつき防止、パワーの損失を減らすことにつながります。たとえばエンジンを組み立てる場合、金属部品のバリを取り除いたりします。
表面処理も金属表面を滑らかにして、摺動性を向上させる(摩擦を減らす)ことで、耐焼き付き性能の向上につながるわけです。
2,メタルクリアランス
メタルには「クランクメタル」と「コンロッドメタル」があります。

Coはコンロッド(とコンロッドメタル)が付くところ。オレンジ色の矢印はクランクメタルです。
メタルクリアランスが小さいと、オイル通路がせまくなって油量が低下、冷却不足により焼き付きが発生します。いっぽう、メタルクリアランスが大きすぎると、クランクシャフトが振れてトラブルが発生します。
最適なクリアランスで組むことが大事です。
エンジンオーバーホールなど、エンジンを組む場合も、各種クリアランスのマネジメントが重要です。
絶版車・旧車の場合、クランクシャフトはもちろん、コンロッドやメタルも、車種によっては部品が手に入らないことがあります。
3,エンジン回転数
一般的に回転を上げると焼き付きやすいです。
4,エンジンオイル
一般的に油温が高いほど・低粘度ほど、焼き付きやすいです。
もし、エンジンオイルが無かったら?
エンジンオイルは、その名のとおりエンジン内部を潤滑することで摩擦抵抗を減らし、摩擦熱をおさえたり、金属の摩耗を防いでいます。
もし、エンジンオイルが無かったら、エンジンがエンジンとして機能せず、焼き付きます。
金属と金属が摩擦すると、高温の熱が発生します。その熱によって、焼き付くわけです。
https://inuiyasutaka.net/bikeblog/engineoil/
エンジンオイルについては以下の記事でくわしく解説しています。
以上4つが、焼き付きに大きく影響していると判明したそうです。
ちなみに一般ライダーの場合、(すでにエンジンが組まれているため)面粗度やメタルクリアランスは、自分でどうすることもできません。
しかし暖機運転やエンジンの扱い方、エンジンオイル管理はライダーにコントロールできる余地があると思います。
エンジンのパワーロスや、焼き付きのメカニズムを知ると、「なぜ、メーカー各社がフリクションを減らす事に躍起になるのか」「どの箇所にフォーカスすべきか」理由がわかるというものです。
耳で体験するクランクシャフトの摩擦低減効果
摩擦を減らすことの重要性がわかったところで、実際に体験していただきましょう。
フリクション低減効果を耳で聴けるようにしました。
Before 焼き付いたクランクシャフトを修正して再利用したエンジン
After 同じエンジンに新品クランクシャフトを組んだ場合のエンジン
両者を比較して聴くことで、摩擦の影響がいかに大きいか、実感できると思います。
(マフラーの音ではなく、エンジンの音にフォーカスしてください)
検証方法と解説

使用したエンジン:GSX400E
同じエンジンをプロのメカニックが分解・組み立てている。
焼きついたクランク(左側。写真は修正前の様子)を修正して、そのまま再利用。その後、純正新品クランクシャフトを表面処理なしで使用。
使用したクランクシャフト以外に両者に違いはない。
ビフォー・アフターのいずれも、ピストンにWPC処理+モリブデンショットのコーティングを施工。
「(クランクの)摩擦の変化だけで、こんなにも音が変わるのか」
という事例でした。
ちなみにこのGSXは、湘南から山梨県まで慣らし走行をしながら、オーナーさんの元へ納車されました。
(まるでレーサーエンジンみたいなレスポンスでした)
前置きが長くなりましたが、表面処理の話に入ります。
エンジンに使用される表面処理の種類
主にモータースポーツエンジンで用いられる表面処理の一例です。
・ディンプル加工(WPC処理®)
・二硫化モリブデンコーティング(二硫化モリブデンショット/ハイパーモリショット®)
・DLCコーティング
・鏡面加工(3Dラッピング®)
・セラミック(セラコート®)
・アルマイト(カシマコート®)
・めっき(クロームメッキ、カニボロン® )
上記のうち®マークのあるものは登録商標です。
・セラコート® 鈴木 保利氏(鈴友株式会社 代表取締役社長)
・カシマコート® 株式会社ミヤキ
・カニボロン® 日本カニゼン株式会社
・WPC処理® 株式会社不二機販・株式会社不二製作所・株式会社不二WPC
それ以外の®マークがついてるものは株式会社不二WPCの登録商標。
なぜ、WPC処理をおこなう会社がたくさんあるのか?
表面加工熱処理法(WPC処理)の特許・商標を取得したのは、愛知県名古屋市にある株式会社不二機販。同社がライセンス許諾した会社が、WPC処理を施工したり、名称を使っています。代理店みたいなイメージですね。
表面処理の活用事例
自動車だと、F-1、軽自動車をふくむファミリーカーやスポーツ車、カーレースに表面処理が採用されています。
バイクはエンジン部品のほか、フロントフォークのインナーチューブにDLCコーティングが使われたり、MotoGPなどレース車両だけではなく、市販車のスポーツモデルに表面処理が採用されていたりします。
ホンダの公式資料を見ると、1997年にはWPC処理(ショットピーニング)が市販車に採用されていたとあります。
ホンダのメッキシリンダー(NSシリンダー)なども、摩擦損失を減らすための技術、表面処理のひとつですね。
NS(ニッケル/シリコン・カーバイド)メッキによって軽量化と耐焼付性、耐摩耗性において格段の向上をはかりました。
このNSシリンダーはNS500のノウハウをそのまま市販車のNS250F/Rに反映したもので、シリンダーの内壁をニッケル素地にシリコン・カーバイド粒子を分散させた皮膜でコーティング処理しています。これにより、ピストンと同素材のアルミ製一体成型シリンダーを実現。鋳鉄スリーブを持たないので、軽量化はもとより、熱伝導性が良く、放熱効果が向上。さらに、ピストン、シリンダーそれぞれの熱膨張率が同じなので、温度が変化してもピストン、シリンダーのクリアランスが一定に保たれ、安定したパワーが得られます。
https://www.honda.co.jp/factbook/motor/NS250/19840400/003.html
ピストン
いわゆる有名どころのメーカー製ピストンに、表面処理が採用されています。

ワイセコ(アメリカ)、ヴォスナー/マーレ(ドイツ)
Ferrari用をのぞいて、どれも同じようなコーティングに見えますが、各社、独自の技術を開発しているようです。
ワイセコの2ストピストンはKTM現行モデル用ですが、1970年代〜1990年代の2ストに表面処理をおこなうことは大いに有効かと思われます。
(くわしくは後ほど)

同じワイセコでも、カタナ用(空冷)はピストンスカートに真横の溝が入っています。前出のピストンと手法は異なりますが、油膜を保持しやすくしているのだと思います。

GSX-R1000R(2023年モデル)のピストンピンにはDLCコーティング。SV650ABSのピストンスカートにはレジンコートを施し、ピストンとシリンダーの摩擦を低減しています。
スズキ
ピストンリング
TPR株式会社(旧称 帝国ピストンリング株式会社)がピストンリングや、シリンダーにDLCコーティングを使用しています。
TPRはピストンリング製作の草分け的な会社。1939年1月に日本海軍に対し、ゼロ戦(零式艦上戦闘機)「金星」エンジンの試験用ピストンリングを提出。
2位の米国製品を大きく引き離す試験結果を出したことにより、「田中ピストンリング株式会社」を設立。
自動車・バイクのピストンリング、シリンダーライナーなどを製造・販売するようになった。
(現在はどうかわかりませんが)かつて国内バイクメーカーの純正ピストンリングはTPR製か、株式会社リケン製の2つだと聞いたことがあります。
リケンはリングにクロームメッキを、TPRはDLCコーティングを採用していることが、それぞれ公式サイトで公開されています。
さまざまな研究論文を読んでみましたが、メーカーは私たちが想像もつかないぐらい、あらゆるテストをおこなっていて、きちんとデータ(数値)をとっています。
そのなかで比較的、効果のある箇所・方法で表面処理をおこなっているようです。
WPC処理とは?
WPC処理はディンプル(くぼみ)加工の一種で、よくゴルフボールの表面に例えられます。
ただ、ゴルフボールとちがい肉眼では見えない、ごく小さなディンプルを形成します。
WPC(Wide Peening and Cleaning=清掃するの意)
WPC処理®とは、金属製品の表面に微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させることで表面が改質する技術です。
株式会社不二WPC
表面が改質すると高硬度化して表面を強化すると同時に、表面形状が微小ディンプルへ変化するので摩擦摩耗特性を向上させます。
たとえるなら、刀鍛冶がハンマーで刀をたたいて鍛えるように、こまかい粒子を高速で吹き付けることによって、焼き入れ効果による高密度化があるそうです。
高密度化とは、フワフワのおにぎり(米と米のあいだにすき間がある)を、ぎゅっと握る(すき間が小さくなる)イメージですね。
エンジンのピストンによく用いられるのがWPC処理で、ディンプルにオイルが入り込むことによって摩擦が減り、耐摩耗性が向上したり、耐焼き付き性が向上するとされています。

WPC処理したピストン。見た目には「きれいな灰色になった」ぐらいしかわかりませんが・・・
表面の拡大写真(3,000倍)
球状の研磨材にてWPC処理®を行うことにより、円弧状の凹部となり表面張力を助長し、油膜切れを防止します。さらに表面が面圧に耐える強化された組織となり、油膜を保持し、無接触に近くなり摺動部の摩耗を防止します。
株式会社不二WPC

未処理 Rz 0.3 ※肉眼では鏡面/WPC処理®済 Rz 1.6
株式会社不二WPCが公開している資料を見ると、Rz(最大高さ粗さ)という客観的なデータで変化していることがわかります。
WPC処理の効果
実際に目で見て、効果のほどを確かめてください。
筆者も試しました。
回してみると、おもしろいほど何の抵抗もなく、スルスルッと回転します。
さらに、回転しつづける時間が長いことに気づかれたと思います。逆にフリクションがあると、回転しにくく、回転しても回り続ける時間が短くなります。
「サビだらけのドライブチェーンを新品に交換して、バイクの後輪がよく回るようになった感じ」
といえば、イメージしやすいでしょうか。
WPC処理と従来の表面処理のちがい
ピストンの摩擦を減らすコーティング手法の歴史をさかのぼると、二硫化モリブデンなど固体潤滑剤の塗布、すずメッキ、コーティングなどがありました。
ただ、効果が少なかったり、剥がれるなどして効果の持続性に課題がありました。
それで考案されたのがWPC処理。ピストンに上塗りするのではなく、ピストン表面を改質して、オイル保持できるようにしたのです。
ちなみに、先ほどお伝えしたとおり「WPC処理」という名称は登録商標です。なので、他社が無断で同じ名称を使って、同様のサービスを提供することはできません。(製法特許も取得されています)
ただ、ショットピーニングの原理を用いた表面処理加工は、各社が独自の名称を使っておこなっています。
WPC処理はショットピーニングの発展系とされています。
WPC処理の使用例
さかのぼって発見できたもので一番、古いのは1997年。
7月に発売されたホンダのモトクロッサー「CR 250R/125R」のトランスミッションに、WPC処理が施されている旨が記載されています。
●ミッション3速ギアの歯元にショットピーニング処理追加(WPC処理)
https://www.honda.co.jp/factbook/motor/CR/199907/CR_008.html
またホンダ初のハイブリッドカー インサイト(1999年発売)にショットピーニングの技術を採用した旨が記録されています。
(本田技研R&D「表面改質によるエンジンのしゅう動抵抗低減技術」)
自動車・バイクのピストンにも採用されていますが、具体的な車種名や、箇所はあまり公開されていないようです。
ただ、4ストロークの旧車はもちろん、2ストロークにもWPC処理はよく使用されています。筆者の中ではエンジンに用いられる表面処理の中で、WPC処理がもっともメジャーな気がします。
WPC処理の向き・不向き
WPC処理は、清掃する(言い換えると裸にする)という意味があります。
つまり処理をおこなうと、油分がキレイさっぱり剥がれ落ちます。だから加工後すぐに、防錆の油を付着させる必要があるそうです。
実際、筆者がWPC処理を依頼して納品された部品にも油が付いてました。
(錆びてしまうので注意するよう説明書きがありました)
処理をおこなった部分が外に露出して、油分が無くなってしまうような部品は、材質や状態によっては錆びてしまうため、WPC処理が不向きなケースもあるようです。
逆にエンジンやミッション、グリスなど油分がついたままの状態を維持できる部品は錆による心配はなさそうです。
WPC処理の耐久性は?
耐久性については性質上、高熱が加わる部分や、当たりがきつい箇所は、だんだんと効果が落ちてくるそうです。
たとえばエンジンパーツですね。
ただ、具体的に「何キロまで持つ」とまではハッキリわからないそうです。まぁ、当然ですね。
「エンジンって何㎞で壊れますか? どのくらいまで持ちますか?」
という質問をするのと同じで、ケース・バイ・ケースだからです。
同じバイクで、同じ地域を走っても、ライダーによって扱い方・乗り方が違うため、まったく同じ状態にならないのが通常です。
たとえばシリンダーのクロスハッチ。

クロスハッチは何のためにある?
高温で摩擦するシリンダーでは、潤滑不良による焼き付きが起きやすくなります。
潤滑不良を防ぐために、シリンダー壁にエンジンオイルがくっついた状態になっていることが望ましいです。一見、こまかい傷のように見えるのが、クロスハッチと呼ばれるオイル溜まりです。
クロス(X)状にすることで、シリンダー壁にオイルが留まりやすくなるわけです。
走行距離を重ねるごとに、クロスハッチは少しずつ摩耗していきますが、「何キロ持つの?」と言われると、ケース・バイ・ケースとしか答えようがないです。
極端な話、「クロスハッチが残っているから絶対にエンジンが焼き付かない」というわけではありませんからね。
ライダーの扱い方で、走行距離のわりにピストンやシリンダーの傷や摩耗が多かったり、その逆もあります。
いちがいに走行距離だけで判断できない部分があります。
WPC処理についても、諸条件によって差があると思われます。
ヨーロッパ車などは、ユーザーが「慣らし運転」をおこなわないため、慣らし運転に相当する距離だけ表面処理の効果が持てばいい、という考え方もあるようです。
WPC処理の注意点
WPC処理にかぎらず、表面処理には部品の寸法が変わるものがあります。
WPC処理:1ミクロン(1/1,000mm)のマイナス公差
表面処理によっては、もっとプラスになるものもあります。ですのでエンジン部品に表面処理をおこなった場合、条件次第でクリアランスがおおきく変わることがあります。
つまり、きちんとクリアランスを管理してエンジンを組まないと最悪の場合、焼き付きます。
「表面処理をしたから、クリアランスなんて気にせず組んでも大丈夫」
ではありませんよ、という話。過信は禁物です。
WPC処理ではないのですが、レース車両のエンジンに”ある”コーティングを施したところ、焼き付いてピストンが割れたという事例がありました。
原因はクリアランスが適切ではなかったからです。
高熱になる箇所には?
ハイパーモリショットが適しているようです。
ハイパーモリショットとは、「二硫化モリブデンショットにナノ粒子を添加したもの」だそうです。
長時間、高回転・高温で使用する部品に適しているのだとか。鈴鹿8耐などレースで使われている技術みたいですね。
WPC処理もそうですが、ミッションがスムーズに入るようになるそうです。
旧車・絶版車にお勧めな表面処理
旧車・絶版車のエンジンオーバーホール現場では、
「やむなく部品を再使用する」
「中古部品を探すしかない」
という場面が日常的にあります。というのは、1970年〜1980年代のバイクはもちろん、1990年代から2010年ぐらいのバイクは純正部品が廃番になりつつあるからです。
運良く部品が見つかっても、部品代が異様に高騰していたり、数ヶ月待ち・納期不明だったりします。
中古部品については、(ほかの記事でも触れていますが)まともに使えそうな部品が少ないです。
そこで純正部品や社外部品が出ない旧車の場合、表面処理を用いてピストン、カムシャフト、クランクシャフト、コンロッド、メタルなどを再生し、再利用することができます。
それが二硫化モリブデンショットです。

純正部品が廃番、社外品もないため、使用済みピストンにWPC処理+二硫化モリブデンショットを施した例。
クランクメタルにも同処理をおこなっています。
二硫化モリブデンショットの特徴
ピストンなどに使用される一般的な二硫化モリブデンコーティングは、バインダー(接着剤などの結合剤)を使用するため耐久性(効果の持続性)が課題とされてきました。
不二WPC社によれば、WPC処理後に、バインダーを使わない二硫化モリブデンショットを使用することで長期間、低摩擦効果が持続するといわれています。

以下、ホンダの実験による結果です。
ピストン単体でフリクション50%低減!
自動車メーカーの実験で、ピストンスカートに各種の表面処理を施し、エンジン単体をモーターリングしてフリクションを比較しました(1L・3 気筒エンジン、部分負荷)。二硫化モリブデンコーティングは、フリクション低下率が1.4%であるのに対して、マイクロディンプル処理で2%、二硫化モリブデンショットは5%の低下率を示す結果が得られました。
株式会社不二WPC
高い摺動抵抗低減効果が認められ、市販車で採用!
自動車メーカーの量産車のエンジンでは、1999年からピストンリングのトップリングとピストンのスカート部にマイクロディンプル処理が行われ、2001年からは、二硫化モリブデンショットが量産採用、ピストンスカートに11µm 径の高純度二硫化モリブデンが打ち込まれました。この二硫化モリブデンは表面から少し深い層(4µm)まで入り込み、100 時間耐久試験後の摩耗状態でも二硫化モリブデンが残るとともに、摩耗後も二硫化モリブデンが残存し、フリクション低減効果が維持されていることが確認されました。
株式会社不二WPC
これにより、ピストン単体でのフリクション効果は50%に達し、自動車の低燃費化に大きく貢献、高い評価を得ました。
もうひとつ、二硫化モリブデンショットは部品の厚みを増すことができるため、ある程度、クリアランスを調整することができます。
WPC処理だけをおこなう場合より若干、コストはかかりますが、部品を入手できない場合や、より耐久性を持たせたい場合は十分、検討の余地はあると思います。
以下のショップで検証済みです。
WPC処理+二硫化モリブデンショットをほどこして組んだエンジンを走行後に分解して検証したところ、当たりの強い部分はコーティングが減っていました。
(完全に剥がれているわけではない)
つまりコーティングが緩衝材になっているわけです。
表面処理技術の可能性
・新品部品でも、設計が古いものであれば表面処理する恩恵は大きいと思います。
・コーティングは万能ではないため、部品の状態によって施工の可否があります。しかし、溶射技術などと合わせて活用することで、部品を再利用できる可能性が広がったと言えるのではないでしょうか。
CBR1000RR-Rの表面処理
CBR1000RR-Rの純正ピストン(高強度アルミ鍛造)。
スカート部分には「オーベルコート®」というコーティングが施されています。テフロンとモリブデンがベースの特殊コーティングのようです。
ピストンスカート部にオーベルコートのコーティング、ピストンピンのクリップ溝にニッケル-リンめっきを施すことで高回転に対応した耐摩耗性を確保し、高回転化の実現に寄与している。
https://www.honda.co.jp/CBR1000RRR/powerunit/

注目すべきはDLCコーティングされたCBR1000RR-Rのカムシャフト。黒い部分が処理されている箇所です。
市販車のカムシャフトにDLCコーティングが採用されるのは世界初だとか。
バルブ駆動ロスを低減させる
DLCコーティングを施したカムシャフト。https://www.honda.co.jp/CBR1000RRR/powerunit/
RC213V-Sと同様にDLCコーティングを施したカムシャフト。フィンガーフォロワー式のロッカーアームの採用とあわせ、DLC未処理の物と比べバルブ駆動ロスを約35%削減している。
チタン製コンロッドの大端部にも、DLCコーティングがほどこされています。
DLCコーティングとは
DLCコーティングは表面処理の中で比較的、あたらしい技術です。
ダイヤモンドと、グラファイト(黒鉛)の特性の中間的な材料とされています。
ダイヤモンド:高硬度、摩擦係数が低い
グラファイト:えんぴつの芯に使われているように潤滑性能に優れる(ただし脆く壊れやすい)
DLCは耐摩耗性、摺動性(低摩擦で滑りやすい)、耐食性に優れている、摩擦時の攻撃性が低い、化学反応が起きにくいなどの特徴があります。
DLC (Diamond-Like Carbon)コーティングとは、主に炭素と水素で構成される、ナノレベルの薄膜を金属表面にコーティングする技術です。このコーティング層は、非常に薄いにも係わらず硬質な性質を持つため、従来にない低摩耗・高潤滑性をもたらします。
不二WPCでは、DLCコーティングにWPC処理®を組み合わせる技術開発に成功。DLCコーティングとWPC処理®を組み合わせることで密着性を高め、さらにその効果を長期間持続させることができます。株式会社不二WPC
高等研究機関でその優れた性質が証明されている現在、数多く存在する表面処理加工において、最高の技術として認知されつつあります。
不二WPCが開発・特許を取得したこの技術は、低摩擦性・高耐久性・高硬度性・耐腐食性などにおいて、最も高い効果を得ることができる、最新の表面処理技術です。

不二WPC社でWPC処理後、DLCコーティング(黒い部分)したピストン。
DLCコーティングでおさえるべきポイントは、「DLCにもいろいろな種類がある」ということです。
たとえば住宅の場合、大きく分けると「木造」と「鉄筋」があります。さらに木造住宅にも「在来工法」や「ツーバイフォー」など、種類があります。
また同じ「在来工法」の家でも、設計会社によって特色があります。
つまりDLCも施工する会社(工場)によって特色があり、仕上がりが変わってきます。「どこへ頼んでも同じ」ではないんですね。
プラス、処理をおこなう部材の状態によって仕上がりが異なるようです。
わかりやすくいうと、新品のカムシャフトと、それなりに使い込まれたカムシャフトでは、もともとの状態がちがうため、仕上がりも変わるということです。
ちなみにこれまでに紹介したほかの表面処理と比較して、DLCコーティングは費用が高めです。
DLCコーティングの使用例
さきほどのCBR1000RR-Rのカムシャフトや、チタン製コンロッド大端部にDLC処理がほどこされています。
ホンダ公式サイトにあるとおり、市販車にDLCコーティングを採用したのはMotoGPからのフィードバックでしょう。
本田技研の文献によると、F−1エンジンのロッカーアーム、カムシャフト、トランスミッションなどに自社で独自開発したDLCが採用されているようです。そのほか日産マーチ、全日本選手権ロードレースJ-GP3で使用されるマシンのエンジンに、DLCコーティングが用いられています。
さきほどお伝えしたように、DLCコーティングもさまざまな種類があり、まだまだ科学的に未知な部分も多く、素材や箇所、用途などによって、向き不向きがあるようです。
こうした不確定な要素があるものの、比較的、効果の大きい箇所や用途、処理方法などが検証により、解明されつつあるのでホンダのみならずスズキや、ドゥカティなど、各社がDLCコーティングを採用しているのだと思います。
DLCコーティングに不向きなもの
導通性のない材質や、カーボン(炭素)と反応しない材質はコーティングできません。
導電性(どうでんせい)とは?
https://www.weblio.jp/
電流が流れやすい性質。物質などで、電気伝導を生じやすい性質を指す。
DLCコーティングに適さないもの例
アルミ(レース車両以外のピストン、メタル等)、鋳鉄部品(シリンダー、カム、ピストンリング(2ストやセカンドリング等)、銅(ブッシュ)、焼結部品(オイルポンプ)
※メッキの場合、コーティングできますが、剥がれる場合があります。
2ストロークの場合、ピストンにDLCコーティングすると剥がれ落ちることがあるため、不向きなようです。
2ストエンジンのピストンピンへのDLCについて
https://www.ne-jp.com/wpc/page/3pricelist/index.html
DLCは非常に硬い膜ですが、1箇所に集中して力がかかる環境に弱い傾向があります。2ストはコンロッド小端にローラーベアリングを使っており、このローラーが強い力でピストンピンにかかるので剥離の可能性がございます。 その為2ストはWPC+ハイパーモリショットをおすすめしています。
本田技研の文献にも、従来のDLCでは高圧で1箇所に力が加わると同じ現象が課題とされていました。
そこで改良を加えたDLCを開発し、トランスミッションなどに採用したそうです。
(本田技研「カムシャフト,ロッカアーム DLC コーティングの開発」)
DLCコーティングの注意点
メリットの裏返しで、化学反応しにくいためオイル添加剤(とくにモリブデン系)の使用は控えた方がよさそうです。
(くわしく知りたい方は、DLCの種類を調べると根拠が見つかると思います。複雑な話になるのでここでは省略)
もう一つ、DLCコーティングされた箇所はオイルが食いつきにくいので、エステル系エンジンオイルの使用が推奨のようです。
逆にいうと、オイル添加剤を使わないようにして、エステル系エンジンオイルを使用すれば問題ないでしょう。
ピストンヘッドへのコーティングと効果
主に自動車エンジンのピストンクラウンに、セラミックやアルマイトをコーティングしているのをよく見かけます。
(英語圏では「ピストンクラウン」といいます)

高馬力エンジンのカーレースで、混合気(ガソリンと空気)が薄いことによりピストンクラウンが軟化。
ピストン破損を防ぐ熱対策として、セラミッククラウンコーティングが用いられるようになったようです。
熱の移動には、対流、伝導、放射の3つの方法があります。対流は、空気、水、その他の中間的な液体や気体が、熱源からより低温の場所に熱を運ぶときに起こります。伝導は、熱が固体の中を直接移動することです。そして輻射は、太陽が照りつけるように、赤外線によって物体を加熱することです。
燃焼室では高温のガスが渦を巻き、放射された熱はピストン・クラウンに吸収され、伝導によって外部に移動し、最終的にはリング、オイル、シリンダー壁へと伝わります。
筆者訳
https://www.enginebuildermag.com
日本でも、バイクのピストンクラウンにセラミックコーティングを推奨しているケースが見受けられます。
ところが、バイクのピストンクラウンへコーティングによる遮熱効果、メリットが証明された研究論文はいまのところ、見た事がありません。
(筆者が知らないだけかもしれないです)
もし、本当に高い有用性が認められるのなら、これまで紹介したほかのコーティング同様、バイクメーカーが真っ先に採用しているはずです。
ところが、採用されているのはせいぜい冒頭で紹介した2ストロークのピストン(KTM)ぐらい。
塗料の販売メーカーや、施工会社以外の宣伝以外に(公道用)4ストバイクへのピストンクラウンコーティングの客観的なデータは見当たらないため、今後に期待といったところでしょうか。
まとめ:失敗しない表面処理の活用法
1,表面を硬くする
2,金属同士の焼きつき防止
3,摩擦係数を下げる
以上が、エンジンにおける表面処理の目的といえます。
そうすると考え方は異なりますが、さまざまな処理方法が存在するのは、不思議ではありませんね。
なにごとも適材適所、メリットとデメリットがあります。
部品の生産過程でおこなわれる処理のほか、今回取り上げた表面処理や、エンジンオイル添加剤も、広い意味では表面処理といえるのかもしれません。
(オイル添加剤には1の効果はないと思いますが)
表面処理の効果や持続性は、そもそもの部品の加工精度や状態、エンジンの組み立て方、使用するエンジンオイル、メンテナンスサイクル、ライダーのエンジンの扱い方、走行環境によって変わってきます。
あとは対費用効果をどう考えるかによっても、表面処理に対するとらえ方が変わってくると思います。
エンジンパーツのすべてをコーティングするのは莫大な費用がかかってしまうので、パーツの状態や優先順位、目的を決めた上で、必要な箇所にコーティングするのが現実的だと思います。
本質から離れないことが大事
WPC処理にかぎらず、表面処理は永久不滅ではありませんし、万能ではないです。
「表面処理したからエンジンは壊れない」
「メンテナンスしなくていい」
という魔法の杖ではありません。肝心のエンジンオイル交換を怠ってしまっては本末転倒です。
あくまで適切なメンテナンス、適切な扱い方をした上で、よりバイクを長持ちさせるためのものだと考えておいた方がいいと思います。
表面処理のえらびかた
いろいろ調べた上で言うと、餅は餅屋。素直に問い合わせるのが確実だと思います。
どの表面処理が適切か、向き・不向きを私たち一般人が判断するのは不可能だからです。
材質や目的、箇所によって向き不向きがあったり、効果の持続性が異なったり、加工する母材の下地処理によって仕上がりが変わってきます。
この手の情報は、ググっても答えは見つからないと思うので、その道のプロに聞くのが早いです。
関連する研究論文・資料
超短パルスレーザーによるピストンリングの テクスチャリング加工が摩擦力に及ぼす影響
自動車用シリンダボアのディンプル状マイクロテクスチャによるピストンリングの摩擦低減
内燃機関用ピストンスカート部への固体潤滑剤付与技術とその効果
本田技研工業 内燃機関用ピストンに関わるトライボロジー技術の最近の話題
内燃機関用ピストン表面処理技術の開発
4サイクルガソリンエンジンのコンロッド軸受焼き付きに関する潤滑性の考察
おねがい
もし、「記事が役に立った」と思ったら、当ページを紹介してください。ブログ運営の助けになります。
当ブログ・記事へのリンク、シェアは歓迎です。
本ブログの画像の無断使用、記事のコピペはNGです。引用元を記載して頂けるなら、記事の一部を引用することはかまいません。